暮らし

2020これからどうなりたいか

・中小企業の冴えない事務のバックオフィス

・大学生の時は奨学金で留学してキラキラしてた

この2つの対比が大きすぎて、生きづらいです。

でも、社会に出ると比べる相手は同年代ではなくなるので、よりキツさが増す。

自分より優秀な数年年上の人に、才気煥発の若人。

芸に秀でたい

絵だったり、歌だったり、外に秀でたい。

陶芸もやりたい。

苦手な歌と自立

下手な歌を周りに聴かせたくないと逃げていたカラオケ。

歌なレッスンに通ったり、ヒトカラに行ったりと克服するための筋道をつけた。

苦手意識があるのは練習量が圧倒的に足りないから。

誰しもが自然に身につける音楽性(声楽)を全く好きではなかった。

小学生までは楽しくカラオケに行っていた。

でも、母の度重なる否定的な言葉に辟易して距離を取っていた。

「音痴」「なんでそんなに嫌そうに歌うの。ちゃんと歌いなさい」「妹ちゃんと違って、下手ね」

自分を守るための逃げだったから、今度は全部を否定する母の辛辣な言葉から逃げる。

共依存していたんだとすごく感じる。距離を取って数ヶ月。心がすごく落ち着いた。

拗らせている箇所、歌であったり、掃除であったり、提出物であったりを、自分の力でするスキルを基盤から建てたい。

陶芸と時間配分

陶芸をずっとやりたいと思っている。

でも、ずっと思うだけ。

ユキガオさんの作品はすごく写真が綺麗な一方、等身大の器で、これなら、「私も追いつけるんではないか?」と思える。

「見せ方を覚えれば、同じ土俵にいけるのでは?そのためには、圧倒的な手順を踏んだ時間をかければ何者かになれるのでは?」と思う

自己肯定感があることは大事だ。

時間をかければ、自分でできるという思いは、大学受験や通関士試験によって身についたし、いつもアサーションしてくれる夫による自己肯定感のおかげだ。

ブログと現代

友人関係を無に返す癖がある。

「合わす顔がない」と今までの交友関係をゼロにしたくなる時が頻繁にくる。

Twitterも繋がりたくない人間と繋がってしまうので、新しいアカウントをどんどん作ってしまう。

でも、ブログであれば、インタラクティブ、双方向性に欠ける一方的な呟きなので、誰が見ているか「私が」把握できないので、続けられる。

一方で、商業的にもやっとマイナスだったブログがゼロになった。

ゼロににできたら、プラスも一気できる気がする。

私の中で成長過程の努力(時間や労力)は下記の分量だ。

ゼロからイチ:30%

イチから半分、平均:30%(60%)

秀才:30%(90%)

突き抜けた完全:30%(120%)

何も分からないゼロから1にするのは暗中模索で大変だ。

次に継続するとことも大変だ。

平均までいけたら、さらなる高み、成長が緩やかになった楽しくない時期をさらに継続して、秀才になるのも大変だ。

最後に成長段階として、特に「突き抜けた完全」は120%が的を射ていると思う。

秀才レベルは順当に努力していけば、いつかは到達できる。

しかし、次の努力の大きさは30%としても、100%を超える、常識や限界を超える120%の努力を行わなければならない。

今の私は0.5くらいのブログ力。

後は、続けていけば必要な力はつく。

誰しもが「何者か」になりたい承認欲求の塊みたいな世の中の中、私に取っての勝ち道はブログで必要なスキルを身につけることだ。

健康

身体が精神的なものと、体力的になもので、限界だった。

人として当たり前のこと

長寿さ

美容健康

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